日本原子力学会 社会・環境部会Social and Environmental Division, AESJ

部会について

社会・環境部会長 土田 昭司(関西大学)社会・環境部会長 土田 昭司(関西大学)

部会長挨拶

福島第一事故の先を見据えて

 2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所における、放射性物質を大量に環境に放出した事故は、原子力災害が社会と環境に与える影響の甚大さを改めて示し続けている。原子力の平和利用についての専門家集団である日本原子力学会は、この事故を眼前にして原子力の平和利用のあり方について再検討するとともに、福島第一原発事故について学会としての事故調査報告書をとりまとめて公表した。また、福島第一原発事故は日本原子力学会の個々の会員にとって、原子力についてさらに深い考察が促されるものであった。事故が個々の会員に与えた影響については、社会・環境部会の専門委員会が福島第一原子力発電所事故の前後に継続して実施してきた日本原子力学会員を対象とした質問紙調査の結果にも表れている。

 福島第一原子力発電所事故については、事故前までの原子力発電所の日本の安全対策が、他の諸国の安全対策に比べて、security(防災)対策にあまりに偏っており、safety(減災)対策がほとんどなされていなかったことがこれまでに多く指摘されてきており、その改善もなされてきた。私は、これに加えて原子力災害特有の問題としてresilience(縮災)対策についても指摘しておきたい。災害や事故によって被害が発生したとしても、速やかに少ない負担で、災害・事故前と同じ環境・暮らし・生産活動に戻ることができるなら、被害を軽減したとすることができる。これがresilience(縮災)対策であるが、福島第一原子力発電所事故のような原子力災害の最も困難な課題は、自然災害対策に比べてもresilience(縮災)対策の有効性が極めて低いことにある。原子力利用の安全性を向上させるためには、環境・暮らし・生産活動を、可能な限り速やかに少ない負担で事故前の状態に復旧するresilience(縮災)対策の研究・開発を行うことが、他の対策と同等以上に重要であろう。

 原子力利用ならびにその研究・開発は、元来、さまざまな科学技術の中でも、社会の承認のもとに行われるべき性格が特に強いものであり、法的にもこれが明確に規定されている。日本原子力学会は、原子力の平和利用と社会ならびに環境との調和、関わり合いについて研究する場として1999年に社会・環境部会を設置した。

 原子力利用の研究・開発を担う中核は工学分野であるが、社会・環境部会に求められる研究は、工学分野だけにはとどまらない、きわめて広い範囲の学際的連携が求められる。例えば、社会・環境部会の設立に尽力した一人であり、社会・環境部会第2代部会長であった田中靖政氏は社会心理学の専門家であり、社会学と心理学の立場から原子力の平和利用と社会との関わりについて研究を行った。このたびはからずも部会長を仰せつかった私もまた社会心理学にもとづいて社会安全学の研究を行ってきている。

 社会・環境部会の場で研究されるべき課題には、福島第一原発事故による諸問題はもちろんのこと、原子力利用についての国内世論研究ならびに国際世論研究、国民が原子力利用の諸課題について十分で正確な情報によるinformed choiceを行うための研究、など、広く学際的な貢献が期待される研究が数多く存在している。(なお、ここでいう国民には市民と専門家の両方が含意されている。ある分野の専門家であっても他分野のことについては市民である。例えば、原子力工学の専門家は、原子力の経済学については必ずしも専門家であるわけではない。)社会・環境部会が端緒となって、原子力の平和利用について学際的叡智が結集されることを願っている。
 

(平成28年5月13日)