一般社団法人 日本原子力学会 Atomic Energy Society of Japan

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理事会だより

学会の倫理活動について

 みなさまは、本会に倫理規程や倫理委員会があることをご存知ですか。

 今回、この「理事会だより」の執筆に合わせ、現在の理事・監事の方計20名に、倫理規程や倫理委員会の活動についての設問からなるアンケートをお願いしたところ、17名より回答いただきました。「倫理規程の存在をいつから知っているか」の設問には、2名が倫理規定制定委員会の活動の頃から(1999年~2001年、倫理規程が制定される前)、4名が倫理規程が制定されたとき(2001年)、7名が理事になったとき、6名が標準委員会の活動を通じてとのことでした(標準委員会については後述します)。つまりこの結果を「倫理規程を知らない」ということに注目して見たならば、本会の理事になられるような方でも約4割は理事にならなかったら倫理規程を知らなかったということです。ですから、理事になられた経験のない会員の方にはより知らない方が多いのだろうなぁと考えます。他方、同じアンケートにおける「本学会に倫理規程は必要だと思いますか」という問いには、16名が必要との回答でした(1名は「わからない」)。その理由についてお伺いした自由記述では「原子力技術は正負両面あり、かつ、負になった場合の影響が極めて大きいから。」「原子力に関する研究開発を行っている一研究者として常に意識すべき事項が記載されているから。」といった言葉が並んでおり、倫理規程が制定されて以来、ずっと倫理委員を務め、委員長になって10年を超える自身としては、とても力をいただきました。といいますのも、2001年に倫理規程の制定や委員会設立がなされたものの、10年以上、倫理委員会の担当になられた理事が会議に出席なさることは少なく、任期中一度も出席なさらない理事もいらっしゃる状況が続いていたのです。ですから、現理事のみなさまが倫理規程をどのように捉えていらっしゃるのか不安だったのですが、近年、倫理委員会を担当くださっている理事は特別委員の理事も含め熱心に会議に出席いただいていることに加え、このアンケート結果により担当ではない理事のお考えを伺えたことから、その不安は解消されました。

  • 原子力学会における倫理と倫理規程

 そもそも「倫理」とは、明治維新後、教育改革に貢献し、「科学」や「技術」、「哲学」、「心理学」など私たちが日常的に使用している翻訳語を多数造語した西周(にしあまね)氏が、「ethics」に対し当てはめた造語です。人と人との関係や秩序を意味する語である「倫」と玉に見られる自然な紋様が秩序や整然とした模様から、物事の根本的な原理や理由を指すために用いられている「理」が組み合わせられました(理の部首は、たまへん・おうへんとなっており、かつては部首部分を王ではなく玉と書いていました)。このことから倫理とは、「人と人との関係や秩序はどのようにあればいいのか」を考えるものと言えます。つまり、原子力学会が考えるべき倫理とは、「原子力という科学技術によって人と人との関係や秩序はどのようにあればいいか」であり、その規範をまとめたものが原子力学会倫理規程です。

 倫理規程の前文には、原子力科学技術にかかわる「日本原子力学会会員が、研究、開発、利用、教育等のさまざまな活動を実施するにあたり、会員一人ひとりが持つべき心構えと言行の規範を書き示したもの」と、その意義が述べられています。そして、前文に続く憲章や行動の手引には、「平和利用」、「安全」、「経済性」、「効率」、「規制」、「最新知見」、「客観的な事実」、「誠実さ」、「専門能力」、「組織文化」など、会員の活動において重視しなければならないさまざまな価値が具体的に並び、そうした価値のなかでどう行動すべきかを考える、あるいは行動を求める文章が続き、倫理規程としてまとめられているのです。

  • 原子力学会における倫理の取り組み

 ところでなぜ原子力学会は倫理の取り組みをはじめたのでしょう。本会で倫理規程制定の議論が出たのは1990年代後半です。そのころ、日本の原子力界内でデータ改ざん等複数の不祥事が起きたことや、APECの加盟国において有能な技術者が海外で自由に活動できるための資格制度(APECエンジニア)、他の学会の動向が契機となりました。しかし、当時は、原子力に携わっている者はもともと倫理感が高く、それらの人の集まりである本会には倫理規程など必要ないという意見もあったと伺っています。ただ、本会にも倫理規程を制定すべきと、その必要性に非常に強く熱い思いを持たれた方々により倫理規定制定委員会が作られ、約2年の議論と公衆審査を経て、2001年に「日本原子力学会倫理規程」が制定されました。また、その制定を受け、倫理規程を常に時代に合致したものにする取り組みや倫理規程が会員の意識や行動に結びつく取り組みをする委員会として倫理委員会が設立されました。倫理委員会は、この任務を遂行し、現在までに7回の規程改定や春の年会および秋の大会での企画セッションの実施、研究会の開催、事例集の発行、意見表明、研修講師の派遣などの活動をしています。冒頭の理事へのアンケートのところにある標準委員会というのは、この「研修講師の派遣」にあたる取り組みです。技術的な指針となる規格基準を制定する作業を行い、技術標準として刊行している標準委員会が、その委員会の部会構成員までの200人を超える全メンバーに対し、2016年より毎年倫理研修を課してくださっています。この取り組みによって倫理規程や倫理委員会について知っていただけている方が多いことは、本会および倫理委員会にとってとても有意であり、大変ありがたく思っています。先日の理事会でも、もっとこのような倫理に関する研修を行ってはどうかとのご意見もいただきました。ただ、倫理の重要性は当然であるとはいえ、委員会側から他組織の研修等について提案することには遠慮があるのが現状です。倫理を学ぶ機会を義務とするのかについてはいろいろご意見もあるかと思います。しかし、「自分のより良い行動についてあらためて考える」機会というのは、私は私自身が私なりによく生きられていると感じていることも踏まえながら、時に義務(強制的)に持ってもよいのではないかと思うのです。

  • 東京電力福島第一原子力発電所事故の重さ

 今年で24年目となる本会の倫理の取り組みにおいて、なにより大きな影響を与えたのは東京電力福島第一原子力発電所事故です。2011年当時、すでに倫理委員になって10年目となり、倫理規程改定にも4度関わっていた自身ですが、今あらためて事故前の倫理規程を読むと、当時の自身および倫理委員会が「自分たちが事故を起こしうる」ということを、本気で考えきれていなかったことを痛切に感じます。また社会の調和等々も求めているのですが、我が国の原子力の法令や規範の厳しさを過信しており、それらを遵守すれば安全を確保できると考えていたこともわかります。防げない自然災害を前に、そこに原子力発電所がなければ起きない災害が「原子力発電所(あるいは原子力施設)があるから」起きてしまう。その重みをまったく考えられていませんでした。事故後、はじめての改定は、本会をはじめとするさまざまな事故調査報告書等も揃った後の2014年です。事故やその影響を目の当たりにし、倫理規程になにが欠けていたのか。その反省を確実に反映し、会員の意識喚起を促すにはどうすればよいのか。非常に重たい議論を繰り返しました。また、この事故を受け、会員個人の行動も、所属している「文化」に左右されることをより重視することとし、憲章の7に「組織文化の醸成」を立て、7-1から7-5の行動の手引にてその詳細を記し、より良い組織文化醸成を目指した行動を会員に求めました。現在も組織文化の醸成への言及を継続しています。そしてさらに、事故からの年月が過ぎるなか、原子力科学技術に携わる会員が事故を忘れないこと、その負の影響への認識を持ち続けることを強く求めています。

  • 倫理規程改定案への意見募集と春の年会企画セッション

 現在の倫理委員会の活動についてのお知らせです。

 2025年321日(金)まで倫理規程改定案の意見募集をしています。現在の倫理規程は20215月に改定されたものですが、その時の改定では、原子力業界以外で数多く発覚した品質不正問題や関西電力の金品授受問題などが主な論点でした。今回の改定案は、東京電力HDの核物質防護設備の機能の一部喪失事案などを踏まえながら改めてその内容を確認するとともに、読みやすさ(記載の適正化)を中心に議論がなされ、まとめました。ぜひ、すでに倫理規程を読まれている方も、初めての方も、ご自身のお仕事等を思い浮かべながら、倫理規程改定案を読んでいただければと思います。そして、しっくりこない、なやましい、おかしい等、ぜひ率直なご意見をいただければうれしいです。

 また、春の年会では、「倫理的安全行動を支える心とは何か?~安全文化の基盤ともなる心構えとその拠りどころを探る~」をテーマとした倫理委員会セッションを開催し、人間工学会会長でもいらっしゃり原子力界に造詣の深い日本大学の鳥居塚崇先生より「日常の倫理的行動とハザード対処に通底するものとは?」と題したご講演をいただきます。とても穏やかでわかりやすくお話しくださる先生です。ぜひご参加ください。

  • さいごに

 「倫理」は時代や地域等で揺らぎます。絶対的なものはありません。しかし、原子力は施設そのものが数十年単位で使われ、廃棄物はさらに長い範囲で社会・環境に影響を及ぼすものです。そうしたなか、未来を見据えながら「いちばんいいってなんだろう」と考えることは、私にとって、とてもたのしい作業です。もしかすると倫理を崇高なものと感じられたり、あるいは自分は改めて考える必要はないと思われていたりする方もいらっしゃるかもしれません。ただ私はやってきてよかったなぁ、こうした考え方を知っていてよかったなぁと思いながら、本会の倫理委員会の活動にも尽力しています。

 もともと興味をもっていらっしゃる方はより深く、そうでなかった方はちょっとでも、この理事会だよりを機に、本会の倫理に触れていただけるとうれしいです。今後ともよろしくお願いいたします。

倫理規程改定案: http://www.aesj.or.jp/ethics/2025draft/2025draft.pdf

ご意見送付先:ethics@aesj.or.jp

※ 倫理規“定”制定委員会は、誤字ではありません。現在は、本会のキテイ類がすべて「規程」と統一されましたが、その統一前からの倫理規程は「程」を使っていました。規定制定委員会が、なぜ倫理規「程」としたのかも、制定委員の方が本会の倫理キテイとはどのようなものであるべきかを議論した結果なのです。興味のある方はぜひ調べてみてください!

大場 恭子(倫理委員長)